HOME > FEATURE > ぼくらをとりまく 2012 > 山下一穂×奥田政行×小林武史 「連帯していく食のリレーション」

山下一穂×奥田政行×小林武史 「連帯していく食のリレーション」

data : 2012.06.22category : ぼくらをとりまく 2012

今年5月、東京スカイツリータウンにFood Relation Network(以下、FRN)のフラッグシップとなるレストラン『LA SORA SEED』と『farm il aid』がオープン。この日は、いよいよ本格始動したFRNを牽引していく三人が集い、これからの日本の「食」について語り合った。

人々の連帯、食の現場の連帯で、"食の魅力"を伝えていく

弱まる日本の再生産力

feature_frnteidan_01.jpg

小林 今日は日本の「食」について、いまどんなことになっているのかということを、この三人で話せればと思っています。

山下 それならまず、現状に対する共通認識が必要だよね。いま農林水産業の生産現場がどうなっているかというと、すべての生産現場は極めて脆弱な状況です。なぜならそれぞれの「再生産力」は、豊かな自然があって初めてあり得るわけです。しかし、その自然が極めて深刻な状況なんです。これが本質的な問題です。

小林 その「脆弱だ」というのは、農地などに人の力がかかってないってことですか?

山下 それもありますが、それだけではない。例えば、日本の魚介類の自給率は50%くらいです。漁業資源というのは自然の再生産力があって成り立っている。山や海とか川がお互いに機能していたら魚なんていくらでも獲れるわけですよ。

でも、かつて漁業大国と言われた日本の漁業資源が自給率50%ということは、乱獲ということもあるけれど、自然の再生産力が極めて弱っているということなんですよ。プランクトンがいて、それを餌にする小さな魚がいて、海草が茂っている。そういう環境があってはじめて多種多様な魚類が再生産される。その循環が崩れてしまっている。
農地にしても同じです。いま有機農法が非常に難しいと言われているんですが、それは土と環境の再生産力が弱い、自然力が弱まったから難しいんです。

奥田 なるほど。

山下 有機農法でやるとみんな虫食いになっちゃうっていうのは、自然の力が弱いからなんですよ。だから、僕は自分の畑にまず自然の力を再現することから始めるんですね。「人間が作る」というのではなく、生物多様性や土が持つ力などの「自然力」が良い作物を作るんです。そうすることで持続性も生まれてくるわけです。海洋資源にしても同じことですね。




山下 そういう自然の再生産力、環境が極めて脆弱な状況になっている。だからそこをどうするかってことなんです。
作家のC.W.ニコルさんが40年前に日本に来たとき「こんな美しい国があるだろうか」と思ったといいます。世界中を渡り歩いてきた人がそう言ったんです。でも、そのニコルさんがいまでは悲しい顔で「あの日本はどこにいっちゃったんでしょう?」と言うんです。
だから、じゃあ取り戻しましょうよ、っていう提案なんです。それさえあればいいということではなく。工業などとのバランスもとりながら、けっして江戸時代に戻れというんじゃなくてね。それが次の世代に伝えるべき健全な社会の基盤整備にもなる。

小林 いま農業というと、「産業」としての農業が取り沙汰されることが多いですよね。ここ数十年にわたって経済発展の恩恵を預かってきた我々にとっては「農業も産業としてあるべきじゃないの?」という意見がどうも支持されやすいように思います。

でも、そう簡単ではなさそうですよね。
僕らが恩恵を受けてきた経済もいまやボロボロで先行きが怪しい。右肩上がりの時代のように、農業をどんどん大型化していこう、といっても正直いまひとつピンと来ません。
だから、僕らは、山下さんが仰った自然力とか、自然との向き合い方から生まれる本来の力、それは人間力とも言えるかもしれないですが、そういうことが実は大事で、それを踏まえないで単純に産業としてTPPに向かっていこうというのでは結局はお寒い未来しか待っていないという気がします。でも、そこは一般的な人にはなかなかわからないところなんじゃないかとも思うんですよね。

奥田 ただ、いまの若者が新たに就農するにしても親から継ぐにしても年収400万くらいはないと無理でしょう。親も、代々の畑を本当は継いでもらいたいけど、子供に苦労はさせたくないというのが本音。日本の農業を守るというのなら、まずはそこを目指さないといけないと思うんです。

feature_frnteidan_03.jpg



山下 でもね、一定の経済性を担保できるなら農業やろうかっていう人は、僕が思うに実際はダメですよ。とりあえずいまの段階はそういう人では無理。まずは「お金がなくてもやるよ!」って人が必要ですね。僕は「突撃隊」と呼んでるんですけど(笑)。そういう人たちが一定の道を切り開いてから、誰でも農業ができるような形になればいい。いま「収入が保証されますから農業やりませんか」ってことで参加してくる人たちは切り開く力がない。
だから、「食うや食わずでも俺はやる」いう人たちとまず道を作ることが先決だと思う。それから、最終的には勤勉で農業が大好きな人だったら誰でもできる、そういう時代を作る。それまではトップランナーとしての突撃隊が必要なんです。だから僕はそういう人たちに「立ち上がれ、走れ、跳べ!」って号令をかけてるんですよ。

小林 実際に「こいつは良いな」と思う若者はいるんですか?

山下 団塊ジュニアくらいの世代に結構居ますよ。ただ、そいつらに「やれ」と言うだけではなくて、自分もやってみせることがどうしても必要ですね。

小林 あらためてお訊きしますが、山下さんはTPPに関してはどういうお考えですか?

山下 社会のありようを見直す契機として、大いに揉めて議論してほしいと思っています。国や行政にまかせるだけではどうにもならないところまできているということを、国民ひとりひとりが責任を持って自覚しないといけないでしょう。

僕はおそらくTPPは最終的に締結されるだろうなと予測しています。個人的には決して賛成してるわけではないんですが、一方でそうなったときに壊滅的な打撃を受けるといわれている日本の農業の「底力」を見てみたいという思いがあります。

来るなら来てみろ、そのときこそ俺たちの真価を発揮しようぜ、という気持ちですね。

小林 じゃあ奥田くんは?

奥田 3.11以前は賛成でした。日本にとって有利な条件がいっぱいありましたからね。例えば、世界中を探しても日本ほどA級品が多くしかも途切れないフルーツの産地はないですよね。発展途上国が経済的に成長していけば、必ず安いだけではなく品質が良いものを求めるようになる。実際にいまの中国がそうですね。すでに2億人の富裕層が存在すると言われていますから。そこに日本の農業がきちんとアプローチできれば、TPPの中でも勝負できるはずだと思っていました。ただ3.11以降は放射能の問題が出てきてしまいましたから......安心安全を明確に目にみえる形にできる体制が確立されれば大丈夫だとは思っていますが。




小林 とにかく、いつまでもこの国の農業が補助金への「依存体質」であってはいけないですよね。僕らがイメージしていかなければいけないのは、幸運なことにいろいろな面で恵まれていたこの国の自然力を回復して、それをさらに高めていく循環型の農業がより必要とされてくるということ。より多くの魅力を生んで、それが消費者に選ばれることでサステナブルな未来を作って行くことができるんじゃないか、ということなんです。できるでしょうか?

山下 うん、できますね。というかやりたいし、やるべきだと思います。消費者をはじめとして、この国の人たちの意識をどれだけ高められるか。日本の国家予算が約200兆円。そのなかで農林水産業の予算は2兆4800億円。80分の1です。これは国民的な第一次産業軽視の現れですよ。

feature_frnteidan_02.jpg

あらためての「連帯」

feature_frnteidan_04.jpg

小林 最近じつは、僕は「連帯感」ということを敢えて言い始めてるんです。これだけ生きてきて、音楽業界でもいろいろとやってきましたけど、これは初めて自分の口から出た言葉じゃないかと思いますね。これまでは代わりに「つながり」という言い方をしていたと思うんですが、それではもうヌルいと感じるようになって。
野菜を作る人、牛乳を作る人、それらを売る人、いろんな立場の人がいる。そのなかで、それぞれが業態として分断されてしまうのでは、まるで核家族化で人びとが孤独になっているのと同じような構図を感じるんですね。ですから、僕らは「食」が「命」をつかさどるという見地にたって、連帯感をもっていくということが大切だと考えるようになったんです。

奥田 そういったことでいうと、庄内(山形県)はモデル・ケースになれると思います。

僕らが普段アル・ケッチァーノにいると、山の人が「筍が採れたから」って持ってくるんですね。
そうすると、海の人がちょうど鯛のカマが残ってるからと持ってきていて、山の人には海のモノを、海の人には山のモノをあげるんです。こうして貨幣のない交換と幸せの共感が生まれます。

小林 いいですね。

奥田 はい。ただ、その中継地点となるアル・ケッチァーノにだけはお金が残ることになります。持ってきてもらったものを素材としてお客さんにお出ししますからね。でもそこで、貯まったお金で生産者を見学旅行に連れていくことにしています。トマトの生産者なら、冬場に熊本の塩トマトの生産現場に連れていったりしました。そうすると農業技術も向上するし、地域全体がすごく幸せの方向に向かってゆくのです。




山下 うん、このやり方は地域の人たちの意識を変えていくのにすごい有効なやり方ですよね。素晴らしい。

小林 そう思いますね。以前ここで対談した中沢新一さんは、TPPを指して「免疫抗体作用の解除」というふうに言っていました。冒頭に山下さんが仰っていた再生産力の低下というのもまさにその流れなのではないかと思います。そこで、僕らはどうやって抗体を維持していくのかということなんだと思うんです。それは決して産業としての大規模化というようなものではなくて、人々の連帯であり、食の現場がそれぞれ連帯していくことによって食の魅力をみんなに伝えていくこと、なんだと思うんですよね。

奥田 そうですね。例えば、スイスのスーパーマーケットなんかに行くと、他の国のものと比べてスイス産はおしなべて価格が高いんですよ。でもスイスの人たちはそれでもスイス産買うんです。それは安心で安全だからという絶対的な信頼感があるからなんです。
だから、日本の農作物にもそういう安心感を持たせていけばいい。この国の気候は野菜を作るのにもっとも適した気候なんです。本州の山は高くて海までの距離が短いから欧州や中国に比べて冷たい水が大地を流れてるんですね。しかも流れが速い=きれいということなんですよ。そういう水を使えるのは農業にはとても適しているんです。そういうことをもっとみんなに知ってもらいたいですね。

山下 スイスは永世中立国だから、どうやって自分の国を守るかということを常に考えているでしょう。高くても自分の国のモノを買うということが、そのまま安全保障にも関わっているということが最初からわかってるんですよ。

奥田 そうなんですよね。

スカイツリーと日本の未来

小林 今日もスカイツリーにはすごい人が集まっていますが(この鼎談はSORAMACHI1階のfarm-il-aidにて開催)、東京タワーが港区にできたときとは残念ながら僕らが目指すものも、僕らが生きている背景も違ってしまっていると思うんですね。

山下 たしかに違いますね。

小林 世間的には景気回復が優先だと言いますが、それとは別に、我々が次に行かなくちゃいけないライン、地点ってどういうところだと思われますか?

山下 東京タワーは高度経済成長のシンボルでしたね。当時は、地方から都市への人口集中=労働力確保、だったわけですね。でも、今度は逆ですよ。地方に分散/再移動していくシンボルですよね。

奥田 かつてそうやって日本人に求められていた労働力が中国になり、東南アジアになり......最終的にはどこでもなくなってしまうんでしょうね。だからこそ我々は変わらなきゃいけないんです。

山下 だから僕は、TPPとか景気とかそういうことも、一回置いてみたらどうかなと思うんですね。

ひとつ提案なんだけど、「ベンチウォーマー」ってありますよね。エースでもレギュラーでもない、いわゆる補欠選手。きっと社会では大多数がベンチウォーマーなんだと思うんです。でもね、不思議なことに名監督というのはこのベンチウォーマーのなかから出てくるんですよね。なぜならこの人たちは、試合に出ている選手たちをベンチで腐らずに応援していたから客観力に優れている。だから全体がよく見える。そして、この前向きで想像力が豊かな人たちは、「いつでも来い」と出番を待っている人たちなんです。
そういうポテンシャルのある人たちがたくさんいるはず。それをどう掘り起こして、社会のためにどう働いてもらうかがひとつのテーマだなと思っていますね。

小林 そういう意味で、山下さんがやられている「有機のがっこう土佐自然塾」は本当に素晴らしい試みだと思ってるんです。僕らもap bankとして同じような取り組みができないだろうかといつも考えています。もちろん山下さんの身体はひとつだし、同時にいくつもできないのはわかってるんですが、......どうか山下さんの余生を使わせていただけないものかと(笑)。

山下 はははは。

小林 次の世代にどういうことをつなげていけるのか、そこには山下さんのような先達の力が必要だと本気で思ってるんです。

奥田 でも、最後の発射装置は小林さんですよ。

小林 いや、やりますよ。腹も括りますし。

山下 じゃあ、ぼくはミサイルだ。かなり老朽化しているけど(笑)。

奥田 ap bank fesで有機農業の学生募集とかしてみるといいですよね。これからの新しい価値観の日本を創るのは若い力ですから。

小林 確実にニーズはあると思うんですよね。この連帯は本物だよ、と示していきたいと思ってます。




feature_yamashita_profile.jpg

山下一穂

山下農園代表。有機の学校「土佐自然塾」塾長。
有機農業参入促進協議会会長。
昭和25年に高知市生まれ。高校時代はバンド活動にのめりこみ、大学進学のため上京。授業には出席せずドラマーとして銀座や新宿等のナイトクラブ、ディスコに出演する日々を送るが、次第に肉体的な苦痛や業界のしがらみに耐え難くなって帰郷。その後、学習塾で教師として働く。30代半ばからしばしば体調を崩すようになり、自然と無農薬野菜等の体によい食べ物に目を向けるようになる。そして40歳の時に実家を継ぎ、家の前に90坪程度の畑で家庭菜園を始めたことがきっかけで有機農業の道へ進む。その後、48歳で新規就農。当初から有機農業にこだわった野菜づくりをしており、現在では県内外からの注文が絶えない日々を過ごしている。
山下農園  http://harehore.net/index.html



feature_okuda_profile.jpg

奥田政行

2000年にイタリア料理店「アル・ケッチァーノ」(山形・庄内地方)を、2009年に「ヤマガタ サンダンデロ」(東京・銀座)をオープンさせ、いずれも日本屈指の人気店に育て上げてきたシェフ。農水省料理マスターズ、スローフード協会国際本部が選ぶ「世界 1000人のシェフ」、スイス・ダボス会議料理監修など、数多くの受賞歴を持ち国内外で活躍中。
アル・ケッチァーノ  http://www.alchecciano.com/



(撮影・取材・文/編集部)


BACK
BACK
page up