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甚五右ヱ門芋(じんごえもんいも)の畑へ

data : 2010.11.24category : 甚五右ヱ門芋

秋の始め、関東近郊で行われた「芋煮会」のイベントで、劇的においしいさといもに出会った。ほかのさといもとは明らかに違う、なめらかなとろけるような舌触り。
生産者の佐藤春樹さんに聞くと、このさといもは「甚五右ヱ門芋(じんごえもんいも)」と言い、さといものなかでも山形県の佐藤さんの畑でしかとれない希少な種類とのこと。 このさといものことをもっと知りたい!  その一心で、いざ山形、いざ甚五右ヱ門芋の畑へと、旅立った。

佐藤家だけが守り続ける幻のさといも

さといもってそんなに種類があるの?

秋から冬にかけて、東北では盛んに「芋煮会」が行われる。東北出身の人に聞けば、「春は花見、秋は芋煮会」というほどポピュラーな行事だそう。 花見のように、野外で紅葉を眺めながら芋煮を食べ、交流をするのが芋煮会。その芋煮の主役となる食材はさといも。
でも関東出身者にとってさといもは通年でまわっているイメージだが、どうして、東北では秋冬の風物詩になっているのだろう。調べると、どうやら東北地方では「在来種」のさといもが多く、その収穫時期が夏の終わりから秋にかけてがピークとなるからというのもひとつの理由らしい。
在来作物とは、昔から人々が伝え継ぎ、その土地で長年栽培されている作物のこと。伝承野菜などとも呼ばれている。特に山形県にはこの在来作物が多く150種類以上もあるそうで、さといもだけでも20〜30種類の在来種が受け継がれているそう。
今回わたしたちが注目した甚五右ヱ門芋もその在来作物のひとつだそうだ。

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さて、ここで、そもそもさといもとは?
の説明を少し。
古くは縄文時代、稲よりも以前に、東南アジアから日本に渡来したと言われるさといも。種ではなく、親芋から子芋が生え、子芋から孫芋が生え......といもから育っていく。
一般的に、市場に出回って私たちが食べているのは、子芋や孫芋の部分。

さといもにはいくつかの品種がある。一般的に出まわっているのは、コロンと楕円形の「土垂(どだれ)」や「石川早生(いしかわわせ)」、まがたまのような形をした「唐芋(とうのいも)」という品種。他にも、インドネシアのセレベス島から伝わった「セレベス」や、親芋と子芋がひとつの塊になっている「八つ頭(やつがしら)」、親芋が長く伸びる「たけのこいも」などがある。

さといもの葉や茎は「芋茎(ずいき)」といい、食用になるものもある。甚五右ヱ門芋の芋茎も乾燥させたものを炒め物や煮物にして食せるそうだ。

甚五右ヱ門芋の里、山形県真室川町へ

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山形県の北部にある人口約1万人の町、真室川町。北は秋田県と接している。北、東、西の三方が急峻な産地で、南は盆地という地形。いまも豊かな森林資源と土壌が残り、林業と農業が盛んに営まれているこの土地に、甚五右ヱ門芋の畑はある。

佐藤家に代々伝わるこの里芋は、祖先の屋号から、甚五右ヱ門芋と名付けられたそうだ。子芋の形が、七福神の長連頭(福禄寿)の頭の形に似ているため、長連頭芋とも呼んでいたそう。伝来の詳細は不明だが、おそらく室町時代くらいから守り伝えられていたのではないかと言われている。
真室川近隣でも種芋を持っているのは生産している佐藤家のみ。親族の間では「この芋は絶対に絶やしてはいけない」と言い伝えられていた。

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生産者の佐藤春樹さんは、会社勤めを辞めて、この甚五右ヱ門芋のために農家へと転向した。
春樹さんが農業に関わる前、祖父の信栄さんの代までは自分たち親族や、地元の人々に分ける分だけを作っていた。
「さといもはみんなこの味だと思ってました」という春樹さん。

子供の頃からずっとこの甚五右ヱ門芋を食べていたので、大人になって、家の外でいわゆる普通のさといもを食べてびっくりしたそう。
自分が今まで食べてきた甚五右ヱ門芋がここにしかないものだと知った春樹さんが、「絶やしてはいけないどころか、もっと多くの人に食べてもらいたいもの。これはきっと地域の特産物になる」と、自分がその畑を継ぐという一大決心をしたのが今から5年前。

そこからは、会社勤めのかたわら山形県新庄市の県立農業大学校で社会人向けの研修を受けつつ、祖父の信栄さんのもと畑で実践を学ぶ日々。今年、専業農家になった。春樹さんは今29歳。若き農業家は、地元地域の活性化にもつなげたいと夢を語る。

いざ、甚五右ヱ門芋の里へ

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甚五右ヱ門芋の畑に連れていってもらった。 畑に近づくと、レンタカーのカーナビに地図が表示されなくなった。「この辺は知ってる人しか通らない山道だからね」と春樹さん。

山道を抜けると突然平地が開ける。北には"出羽富士"とよばれる鳥海山を、南には月山を望む里山。昼夜の寒暖の差が激しいそうだ。
なんだか空が広い。気がつけば見渡すかぎり電線がないのだ。視界に電線が入らない景色というのは、むしろ違和感すら感じる開放感だ。

近辺には会社や商業施設もなく、土や水がとてもきれいなんだそう。粘土質の赤土も甚五右ヱ門芋にはあっているとのこと。
「甚五右ヱ門芋はこの風土、ここでしかできないものなんだと思うんです」と春樹さんは言う。

5年前までは畑1列分で約20株、収穫量は25kg程度だった。そこから徐々に収量を増やして、今年は約3000株、収穫量は4tにまで増えた。
「今年は去年の3倍にした。だいぶ増えたねえ。でも来年はさらに2倍くらいにしたいね」と春樹さんと春樹さんの祖父・信栄さんは張り切る。

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甚五右ヱ門芋を、多くの人々に届けたい

収穫は9月〜11月頃。普通のさといもよりも少し遅めだ。取材に行った10月末は、まさに収穫と出荷準備で大忙しの時期だ。
皮をむいて食べやすく保存のきく状態にパックして出荷する。その作業も自分たちで行っている。ちょっと作業場をのぞかせてもらった。

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春樹さんが手伝うようになってから、徐々に県内や都内のレストランや旅館などで、商品として仕入れてもらうようになった。
「市場のようなものがあるとそこに出かけて行ったり、素材を大切にしているレストランに届けて試食してもらったり。一度食べてもらえれば、きっとまた食べたいと思ってもらえるから」

一般の人々にも届けたいと、今年の11月からはホームページ上での販売も始めた。まだまだチャレンジは始まったばかりだ。

甚五右ヱ門芋のサイト
「森の家」
http://www.morinoie.com/

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(撮影/松村隆史、取材と文/編集部)
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