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金メダルのチーズ「さくら」

data : 2011.03.01category : 金メダルのチーズ

チーズの本場、ヨーロッパの権威あるチーズコンクールで金賞に輝いた日本のチーズがあるらしい! 世界のチーズ通をうならせるというそのチーズを追って、北海道を訪ねました。

世界に認められた日本のチーズ

チーズは「人類が作った最も古い加工食品」

−−その昔、アラブの商人が山羊のミルクを持って旅していたら偶然できてしまった−−

チーズにはそんな誕生説がある。諸説あり、その紀元は定かでないが、紀元前6000年頃という説もあるほど歴史は古い。チーズは「人類が作った最も古い加工食品」とも言われているのだ。人々にとって重要な栄養源である「乳」を保存したいがために、偶然に知恵を加えて生み出したものだったのだろう。
実は日本のチーズの歴史もかなり古い。飛鳥時代(650年頃)の古文書などにチーズの原型となる乳製品である酥(そ)というものの記録が発見されているのだ。モンゴルなど、日本に近い西アジアでチーズ文化が広がっていたこともあり、6世紀頃に伝来した仏教とともにチーズも伝えられたようだ。
平安時代には、不老長寿や滋養強壮にいいという理由で、貴族や皇族のみが口にできる貴重な食べ物として重宝されていたらしい。だが、戦国時代になると次第に作られなくなってしまい、本格的にチーズ製造が再開されたのは明治になってからだ。
今となっては日本人の私たちにもチーズはなくてはならない食べ物。昭和の中頃から日本人のチーズ消費量はぐんと高くなり、日本は世界でも有数のチーズ輸入国となっている。
おいしいチーズといえばあなたなら何を連想する? フランス産? イタリア産? いやいや、日本だって負けていないのだ。
世界的なチーズの大会で一等賞に輝いた、日本生まれのチーズがあるのを知っているだろうか?

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洞爺湖サミットで各国の要人をうならせた、メイド・イン・ジャパンのチーズ。

「山のチーズオリンピック」という国際的なチーズコンテストがある。傾斜がきつい、標高が高い、寒さが厳しく年間の寒暖の差が激しい......など、条件の厳しい山間の牧場で作られているチーズを対象にしたコンテンストだ。機械化して大量生産をはかることなどをせずに、昔ながらの方法で人の手をかけたこだわりのチーズが多く集まる、ヨーロッパでは権威あるコンテストだ。
その「山のチーズオリンピック」で本場の欧州をおさえて日本初の金メダルを獲得したのが、共働学舎新得農場が作る「さくら」。ちょこんと乗ったピンクの花が可愛らしいチーズだ。
「フランスの真似をしていてはダメだと思った。日本ならではのチーズが作りたかった」と造り手である共働学舎新得農場の代表・宮嶋望さんは言う。
「さくら」は、見た目はカマンベールチーズに似ているが、実は内容が全く違う。カマンベールは白カビで作るが、「さくら」はジオトリカムという微生物や酵母などを生成させて作っている。日本の味噌などにも使われる酵母だ。カマンベールよりも皮の部分がふわふわとやわらかく、まろやかなチーズとなった。「日本人は『やわらかい』食感が好きでしょう? 日本人の味覚は優れているから、私たちが食べておいしいものは世界にも通用すると思った」と宮嶋さん。
さらに、桜の葉と花びらを添えることで全体に風味をつけている。「ヨーロッパの人たちは、桜の葉と花を使うという、見慣れないチーズが出てきたので驚いていた」という。でも、おいしいと認めざるを得なかった。「さくら」は世界のチーズ通に衝撃を与えたメイド・イン・ジャパンのチーズなのだ。

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チーズの金メダル選手を輩出した共働学舎新得農場

日本ならではの酪農を

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北海道のほぼ真ん中に位置する新得町。「さくら」を作る共働学舎新得農場は、その町の山間にある。
アメリカ・ウィスコンシン州にある牧場で実習をしながら大学で酪農学を学んできた宮嶋さんが、1978年に設立した。「世界中への輸出を目的に、大量生産、コストダウンに重きをおいたアメリカ方式に疑問を抱いた」という宮嶋さん。「日本は他のどの国よりもおいしいものを好む優れた味覚と、豊かな食文化を持っている。日本独自の、味や質に付加価値のある農業、酪農を営みたい」という想いのもと始めた農場・牧場だ。 共働学舎では約70名のスタッフが働く。多くは身体の障害や心に悩みを持つ人たちだ。住み込みのスタッフも多く、自然農法の野菜作りや、機械に頼らない酪農を営み、ほぼ自給自足の生活を送っている。
宮嶋さんが大切にするのは、「自然の力」や「作り手の心」。今回、「さくら」を作るチーズ工房を訪れ、その、かなり風変わりな新得農場の特徴を紹介してもらった。

共働学舎新得農場のこだわり、一挙公開!

牛にストレスを与えない!

チーズの原料となる牛乳がおいしいこと。それがチーズ作りの大前提。 この牧場では、牛たちがとてもいい環境でのびのびと暮らしている。夏の牧草の生えている時期は放牧し、積雪のある冬季も広い牛舎で個別の敷居がない、フリーバーン方式をとりいれているのだ。牛舎は木造にし、地面には炭を埋めてマイナスイオンを高め、牛の餌や寝床にはバクテリアを混ぜ込み清潔さを保つ、という工夫がされている。実際に、この牛舎は草の発酵した香りがするが、牛糞などの臭さはあまり感じられなかった。

「牛乳を運んではいけない!」

牧場内でとれた牛乳だけを使うことでトレーサビリティをつなげ、品質保証をしやすくしている。そして大切なのは、牛乳を時間をかけて運ばなくてもいいシステム。新鮮さが失われたり、機械などを通して牛乳本来の味が劣化してしまうのを防ぐため、搾乳室とチーズ工房を隣接させパイプでつなぎ、さらに自然な傾斜をつけて、機械に頼らずとも牛乳がパイプを上から下に自然に流れるようにしている。

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チーズ工房で作業をする宮嶋さん。工房の中は気温30℃、湿度90%。カメラのレンズが曇ってしまうほど。

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「さくら」に使う桜の葉を広げる作業。1枚、1枚、葉の状態を確認しながら、手作業で進める。

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「さくら」は製造後3日ほどの熟成でできるフレッシュチーズ。

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菌や酵母など、チーズ作りのレシピを考えるスペースは、さながら科学の実験室のよう。

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工房の床。白いのはセラミックで、黒いのは炭。殺菌効果や、地面のマイナスイオンを伝える働きがあるという。

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チーズ作りの作業行程はすべて記録して、工房内の誰でもがチェックできるようになっている。

チーズがおいしく育つ石造りの熟成庫

工房の地下にある、チーズの熟成庫に続く道。まるで、ワインカーブのようなこの建物は、なんとスタッフの手作りだそう。
「マイナスイオンを吸いとってしまうと言われている鉄筋コンクリートは避け、石造りの建物にした」という宮嶋さん。たしかに、熟成庫の中に入ると、森林浴をしているような清々しい気分になる。
「この熟成庫にいると、肌がきれになって美人になりますよ」と宮嶋さん。ずっとここにいたい、という気分になる、パワースポットのような場所だった。

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熟成庫の中は温度8℃、湿度95%。それでも湿った感じはせず結露もしていない。

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なかには1年以上ここで熟成するものもある。写真は「シントコ」というチーズ。

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熟成庫の床には炭が。マイナスイオンの循環を助けるために置いているそう。

失恋の味がしたチーズ

牛はストレスがないほうがおいしい牛乳が出るように、チーズも作る人間のストレスがない方がおいしくできる、というのが宮嶋さんの信念。
「以前、工房で作るチーズの味がどうも変だった。担当者に聞くといつもと同じ手順で作っているという。でもね、よくよく話を聞いたら、彼が失恋したばかりだったんですよ」と宮嶋さん。おいしいチーズを作るためには、作り手の心の状態も健やかであることが大切と痛感したという。
「おいしいチーズを作ることと、働くみんなが心地よい環境を作ることは、直結してるんです。僕のいちばん大きな仕事はその環境を整えること。」(宮嶋さん)
「さくら」は世界一になった。ということは、共働学舎新得農場も世界一の牧場なのかもしれない。

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(撮影/松村隆史 取材と文/編集部)


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