HOME > FEATURE > 緊急企画「LOVE CHECK/energy - 今だからこそ、のエネルギーのこと-」 > 緊急会議 箭内道彦×小林武史 「福島県人としての決意」

緊急会議 箭内道彦×小林武史 「福島県人としての決意」

福島県人バンド"猪苗代湖ズ"としてチャリティーソングを配信するなど、福島県の復興支援をおこなっている箭内道彦さんとの対談が実現。クリエイティブディレクターとして世の中を牽引してきた彼が今、災害に見舞われた生まれ故郷に向ける想いとは。

明日に興味のなかった男が、福島との結婚を決めた

想定された価値観を変えていく

feature_yanai_1.jpg

箭内 小林さん、相変わらず若いですね。

小林 そんな簡単に急に老けないよ。

箭内 (サイドの髪の毛を指して)あいかわらずココ、長いですね。

小林 (笑)。

箭内 今日は僕、取材のことについて何も分かっていないですから(笑)。エコレゾウェブに載っている他の記事を読んで、「すでにちゃんと話は伝わっているから、もう僕の対談はどうでもいいや」と思って。

小林 ははは(笑)。僕が箭内くんと、今なぜ話したかったかというと、とにかく福島県の問題がすごいでしょう?

箭内 そうなんですよ。僕が東京環境会議(2007年、ap bankが開催したライブトークイベント)に呼ばれたとき、小林さんに「テーマにいちばん程遠い人間を呼んだんだ」と言われて(笑)。でも程遠い人間として、小林さんのやっていることに、参加したり、茶々入れたり、ちょっと遠のいたり、また近づいたり......って、ずっとしてきたじゃないですか。

僕はそうやって環境でもなんでも、「縁遠い人間がどう関わりを持てばいいのか」ということをテーマに考えるスタンスでいたんです。それが突然、当事者になった。

小林 すごい話だよね。

箭内 やっぱり自分のことになると、どうしたらいいのか分からず無力感を感じてしまって。それでも「何かやらなきゃ」という試行錯誤をこれだけするものなんだな、ということに自分でも驚いていますね。この問題が自分の出身と別の地方で起きていたら、何もしていなかったかもしれない。

小林 分かる。僕が東京環境会議のときに箭内くんを呼んだのは、「環境と欲望」というテーマを掲げていたこともあって。あのころは世の中が省エネブームみたいなモードになっていて、「欲望を抑えて未来を作っていきましょう」という風潮にも思えたからね。でも僕は、「欲望」というものを抜きにして未来を語っても仕方ないでしょう、と思っていたわけ。それで、箭内くんは基本的には消費を煽る側の仕事だったからね。

箭内 まぁ、うん、そうですね。「今日を生きる」型の人間でしたからね。

小林 そうだよね(笑)。とはいえ「消費ってなんだろう?」ということをすごく意識している人だから、東京環境会議にも参加してもらいたいと思ったんだよね。それで今回呼んだのは理由があってね、箭内くんも普段は東京で生活していて、僕らと同じく、福島原発から送られてくる電力を享受してきたわけじゃない。それがいつの間にか箭内くんは、福島というところに入り込んでいったでしょう?

箭内 そうなんですよね。ここ4年くらいなんですけど。

小林 まさしく東京環境会議のころ? あの影響もあったの?

箭内 いや......(と言いかけて)、まぁ、そうですね(きっぱり)。

小林 ははは(笑)。

箭内 僕はずっと、福島が嫌いだったんです。まぁ、小林さんが山形を嫌いなのと同じなんですけど。

小林 別に、僕は嫌いじゃないよ(笑)。

箭内 山形県出身ということ、隠してるんですよね。

小林 そんなことないよ(笑)。

箭内 僕は、ごはんを食べながら「どこのばあちゃんは具合が悪い、どこの息子は出来が悪い」みたいなネガティブトークをおかずにして盛り上がる福島の雰囲気がすごく嫌で。それで同じく福島出身のサンボマスターの山口君と、ままどおるズというバンドを組んで、「福島には帰らない」って歌ったりする活動を始めたんですよ。そうしたら、それを知った福島の新聞社の人が「そういう人にこそ、福島を勇気づけて欲しいんだ」と言ってきて。それで、戸惑いながらも福島に行って、福島の嫌なところを言い続けたんです。それが4年前くらいですね。

小林 そんな動きがあることは、なんとなく見たり聞いたりしていた。

箭内 そんなことを続けているうちに、どんどん福島からの仕事が増えて、向き合わざるを得なくなった。それで去年あたりに、「もしかして悪いのは、全部福島のせいにしている自分なんじゃないか?」というところまでたどり着いて。

「じゃあ、もう福島を嫌いと言わなければそれでいいのか?」と考え始めたところで、今日を迎えたんです。もしかしたら今日ちゃんと僕が働くために、見えない力が福島に僕を呼び寄せていたのかと思うくらいに、かなり福島との関係が深くなっていたんですよ。

小林 この4年くらいで、福島原発のことを意識したことはあった?

箭内 いや、それはなかったですね。僕が住んでいた郡山市は福島県の真ん中なので、原発からだと60km圏。だから、原発の町に行ったこともないですし。そういう意味でも、ちょっと他人事だったところはあるかもしれないです。ただ、僕らが結成した猪苗代湖ズのメンバーでもあるTOKYO No.1 SOUL SETの渡辺俊美さんは、川内村で生まれて富岡町で育っているので、完全に福島原発の20キロ圏内でお膝元なんですよ。その繋がりは、自分の中で大きかったです。でも今は、どうやったら困っている人を助けられるのか、とか、どうやったら1億円寄付できるんだろう、ということばかり考えている状況です。母親一人を福島の郡山においてきているので、それも不安ですね。




小林 原発の本当のことって僕らにはあまり分からないでしょう? ニュースで風向きが東京に向いているのを見るだけでヒヤっとする人もいるだろうし。そういうことがあるだけで、すごく緊張するじゃない。

箭内 緊張しますね。

小林 今までは想定外のことでも、起きてしまえば「こういうことは起こる」という想定内の話になるわけで。そういう「想定内」「想定外」ということについて、どう思う?

箭内 こんなときに普段の話をすると不謹慎かもしれないですけど......。でも、まず「不謹慎」って考えるのをやめにしたんですよ。想定外のことを発想する訓練って、クリエイティブにとってすごく大事なことだと常々思っていて。僕らのイメージすることは、現実の内側にある、ということをモノを作るときにもいつも感じるんです。だから、どれだけ突飛なことを考えられるか。例えばですね、「小林武史が本当は女だった」とか、「小林武史はカツラだった」みたいな。まさか、そんなことないだろうっていう......。

小林 ないよ(笑)。

箭内 ないですよね(笑)? でも、そんなふうにみんなすごく狭く想定し過ぎてるな、って思うんですよ。それが、僕は気になる。だけど、やっぱりちょっと安心すると想定内の人間にすぐ戻っちゃう。今回のこともそうだけれど、想定の外に出る難しさというものを最近ずっと感じていますね。

小林 興味深いなと思ったのはね、言葉の場合は、パターン認識したものをどう解体して並び替えるか、ということをするわけでしょう? 音楽にも、もちろんそういうところがある。けれど、リズムやハーモニー、それに音色もあるし、周波数みたいな、ある種の物理学のようなところもあって、かなり無限に考えられるんだよね。どこか自然のような、もっと大きく言えば、宇宙的なイメージを持っているから。僕らにとって宇宙のイメージって、当たり前だけど完全に想定外でしょう? 僕なんかはそういった中で生きているから、いろいろなことを想定内と捉える感覚が本質的には理解できないところがあるんだよね。

箭内 そこは、僕と小林さんとの大きな違いですね。だから、僕にとっても音楽はすごく大事なものだな、と思って関わっているんです。開放してくれるというか、自分のサイズを広げてくれるから。僕は誰か先生を探すんじゃなくて音楽の中に、広告に持ち込める頭の使い方みたいなものを求めているんだと思いますね。それに憧れているし、半分くらいは取得し始めているつもりでいる、というか。今の小林さんの話は、すごく分かります。

小林 僕も、例えばプロデューサーの仕事としては、想定していくというか「これはこういうものだろう」という考えを働かせているところもあると思うし。きっと、どちらも必要なことだと思う。だけど、想定されているという僕らのなかの価値観みたいなものを、変えていくことが必要なんじゃないかと、どこかで思っているんだよ。

エネルギー問題の本質は、ひと通りではない

小林 日本人の生活や消費の流れが変わってきているときに、エネルギーのことをどう考えればいいのか。箭内くんは、どう思っているの? 資本主義の申し子みたいな存在として生きてきていて。

箭内 そんなことないですよ(笑)。僕は、小林さんの一万分の一も考えていなくて。今回のことが起きるまでは、既に結婚もしていないし、貯金もないわけだし。

小林 貯金、ないの(笑)? あんなに働いていて?

箭内 別に遊びに使っているわけじゃないんですけどね。フリーペーパー(月刊 風とロック)を作っているし、今度うちの会社の5階をアンプラグドのライブハウスにしようと思っていて。24席しかないプレミアムな。その工事もしたりしていて、お金がないんですよ。知り合いの銀行の偉い人に「被災地に一億円を寄付したいんで、お金を貸してください」ってお願いしたら、「担保ないでしょ。それに、寄付のために融資はできないよ」と言われたくらい。

小林 (笑)。

feature_yanai_2.jpg

箭内 ずっと"NO TOMORROW"的な生き方がロックで格好いいんじゃないかと思って、いろんな音楽にもその部分だけを見てきたので。だから僕は、日本や政治がどうなるか、多分ちゃんと分かっていないんです。でも今回のことで、これから新しい福島になっていくのを自分が最後まで支えていかなくては、と初めて思ったんですよ。未来の約束がしたくなくて結婚もしなかったのに、自分が将来のことを約束したり捧げたりするなんて「これって結婚か?」みたいな感覚があって。あとは、福島と関係のない人たちが寄付とかをしてくれているのに、散々福島に世話になった自分がその人たちより寄付金が少なくてどうするんだ? ということをずっと悩んでいて。だから今はある意味、対談に適していない時期でもあるんですよね。多分、冷静じゃないんです。

小林 うんうん。そうか。

箭内 これまでは、何でもかんでも傍観者でやってきていたから、ここまで冷静じゃなくなったのは生まれて初めてというか。熱くなりすぎて社員には心配されるわ、Twitterでは批判されるわ、っていう(笑)。

震災の翌日は超浮き足立って、「高速道路が走れなくても、何がなんでも俺は福島に行くんだ!」みたいになっていたら、福島のメディアの人とかに「今来られても、状況が改善されないから」と、助言されて。それで福島出身のミュージシャンとかを呼んで、Ustreamを始めたんです。その中で、猪苗代湖ズのレコーディングをしようとか、THE HUMAN BEATSという震災のメッセージサイトを作ろうという話になって。今は試行錯誤の、冷静と情熱の間の真っ最中という感じなんですよね。

小林 僕も、東北でまとまっていこうよ、みたいな感覚はすごくあるし。でも、本当に福島のことだけが特別になってるじゃない。僕も被災地に行ったし、これからkurkkuやap bankのスタッフと「食」の支援をしていくんだけれど、原発のことになると今はまだ、口ごもらざるを得ない部分もあるんだよね。

箭内 それは本当にそうですね。だから僕もいろんなことをやって、メディアでも「福島とは、一生一緒です!」って約束して励ますことしかできないというか。

「売名だ」とか「あざとい」とか言う人もいるけれど、「たとえ売名でも誰かが元気になるんだったらいいや」っていう気持ちにはなりますね。

小林 なんで僕がエネルギーに対して早くから考えなくちゃいけないと思ったかというと、「別に終わったことだから、あとは復興に向けていくだけだよ、以上。」って、結局元のもくあみになろうとする動きになるんじゃないかと思うから。けれども僕は正直、原発に関しては喉元にあるうちに、少なくとも福島の人達のことを代弁できる人に考えてほしいという思いがあるんだよね。

箭内 だから僕も、今日は宿題をもらって帰ろうと思って来たわけですよ。

小林 そうだよね。僕も原子力物理学の専門家でも何でもないし、知識だってたかが知れている。けれど、そういう専門家の人たちが全てを決めていくことでもないじゃない。




いい加減なことを言っていると思われるだろうけれど、僕はね、実はすごく簡単な話だと思っているんだよ。「原発なしに日本のエネルギー自給をどうやったらまかなえるんだ?」と言う人もいるだろうけれど、今すぐにどうする話ではないということさえ仮定していけば「何とかなりますってば」と思うんだよね。地震が起こりやすいと言われているこの国では、今回のようなことがまた起こるかもしれない。絶対に事故が起きない想定で作ると言ったって、人間が作るものだし、「絶対」ということは言えないと思うんだよね。

箭内 そうですね。

小林 科学だとかあらゆることは、そこまであった殻を破って進んできたわけだし。僕らは慎みを知ったほうがいいというか、僕らが想定して全てをコントロールするというのは思い上がったことだと思うんだよ。これは、僕の個人的な意見ですけれどね。

箭内 いや、本当にそうだと思います。だから消費社会の申し子としては(笑)、相当なビッグクライアントの業務が入った、みたいなね。 福島のことを全国に伝えたり、変えたりできることを全部担当しなくてはならないと思うと「サントリーやタワーレコードの何百倍もデカい仕事が来ちゃったなぁ、しかも金にならねぇな」みたいなところはあるから(笑)。

多分、少し時間がたったときに、小林さんが今話してくれているところに僕も向き合わざるを得なくなると思うんです。それが、うやむやになるのは僕も許容できない、というような気持ちがありますね。

小林 そうだね。そして、物事をすごく簡潔に選択するという動きも出てきている。僕が昨日スタッフに「今のまま原子力の政策を追求していくべきか」または「もっとリスクの少ないエネルギー源を模索していくべきか」という質問をしたんだけど、僕らもこういう選択肢をもってみんなで話すべきだなと思って。この言い方だと当然後者を選ぶような風潮だし、僕もそれを選んで欲しいと思う。けれど、多分本質はもっといろいろあってね。「ほら選べ」と言っても、この国は選びきれないかもしれない、ともどこかで思っているんだよ。

箭内 ふたつの間でどうしたらいいか分からない僕みたいなのも、その議論の中に入るべきだと思いますね。渡辺俊美さんも、こうなる前までは地元に原発ができたことで雇用も生まれていろいろ助かると思っていた、と言っていたし。いろんな状況の中で、いろんな意見がありますよね。

小林 高度成長期には、とにかくどんどん増やしていくことが大切だった。けれど今は、物をそんなに買わないじゃない。

だから、エネルギーの流れが変わるまでの間だけでもいいから、例えば工場に対して国も「できる限り生産しなさい」ではなくて、「ここまで生産したらもういいよ」とフタをしていくようなことをやっていってもいいと僕は思う。そうしたら僕らの使う電力のピークは抑えられるし、原発をもっと作らなければ足りないという流れが変わるかもしれない。でもこれまでは、そういう選択肢を僕らに与えてくれたことはなかったんだよね。

箭内 そうですね。

小林 むしろ、僕は「この機に乗じて相手をやっつけてやろうぜ!」というよりも、さまざまな立場の人たちを繋いでいける目線が必要だと思う。そこら辺だと、僕は箭内くんとはまた別のところで合うものがあるもんね。僕はどちらかというと、ロマンチックさだったり優しさだったりして。箭内くんはふざけていたりするけれど。

箭内 いやいや! 僕もロマンチック派(笑)! 僕、ロマンチックじゃない人とは口聞けないですもん。だから小林さんのことは誤解を恐れずに言うと......、好きなんですよね(笑)。

小林 何を言ってるんだよ(笑)。

異なる立場の意見を批判している場合ではない

箭内 今って、東に行く人と、東京にいる人と、西に行く人との3種類の人がいるじゃないですか。

小林 うん。

箭内 小林さんから電話がかかってきたとき「どこか西の方に行ったのかな?」と思っていたのに、「今、山形にいる」って言っていて。全然イメージしていなかったから、びっくりした(笑)。

小林 僕は地震があったときに、翌日がMr.Childrenのライブの予定だったから大阪にいたんだよ。それでとりあえず3日間は関西にいたんだけれど、やっぱり「被災地に行くべきだ」と周りに言ったら抑えられてさ。

箭内 やっぱりそのパターンね。

小林 そう。それでも結局、マネージャーとかを説得して。その段階ですでに山形に入っていたスタッフもいたんだけれど、自分も実際に行ってみないと、この先の現場の実感を持てないじゃない。音楽もそうだけれど、体を通さないとさ。理屈で言っていてもダメな人間なんだよね。それに、自分が実感しないと、人に「行って来いよ」なんて言えないから。

箭内 うんうん。それは、そうなんですよね。

小林 もちろんボランティアしたいという気持ちだけある連中が行っても「何やってるんだ」というふうになる。僕らも既にノウハウのあるNPOと協力したり、行政に相談しながら進めているんだけどね。でも目の付け所がちゃんとしていたり、きちんと反応できたりする奴が行ったら、その場の中でなんとかなるものだし。逆に言えば、マニュアルだけ持って行っても何にもならないと、僕は思うけどね。

feature_yanai_3.jpg

箭内 だから、いいなと思って聞いていたんですよ。ただ僕も、すぐに福島に行こうと思ったときに、あるミュージシャンが「とにかく、今は自分の健康が大事なんじゃないか」ということをアドバイスしてくれたんです。僕の場合は、小林さんみたいな計画性のある動きじゃなくて、完全に足軽みたいな行き方だから(笑)。「箭内さんに何かあったら、誰が東京から福島を支援するんだ」と激励されて、そこで一瞬、冷静になったんです。だからこそ、どれだけちゃんとやれるかな、と。まだまだ一年生ですよね。

小林 確かに、箭内くんがここまで混乱気味とは思わなかった。

箭内 ほんとうにすみません(笑)。

小林 いやいや、箭内くんみたいに福島のことを思って、いろいろな繋がりを作ろうとしている人がいるというのはさ、福島にとっては明るい話だよ。そこに希望はあると思いますよ。

箭内 希望になりたいですね。

小林 そのことが分かっただけで充分だよ。これから僕らも色々とやっていくつもりだけど、まだ、僕ら的には音楽のことで狼煙を上げるのはちょっと早いかなと思っているところもあって。箭内くんたちが先発で行ってくれて、拍手をしていたけれどね。

箭内 いや、絶対にそうです。本当は、衣食住がちゃんと足りてからなんですよね。でも、捨石でもいいから突っ込んでいこうと思ったんです。

ある種、その切符を持っているのが福島出身という人間かなと思って。冷静な人たちからは注意されることもあるけれど、まずはやってみて。もちろん、人を傷つけちゃいけないですけれどね。

小林 うん、全然問題ないよ。レミオロメンが、神戸でのコンサート(3/26、27)をやることにした時に、震災後に5000人規模の小屋で2日間やる、というのがまだないらしくてね、それに対してのコメントにも僕は書いたんだけれど、「静観しているべきだという人と、行くべきだという人が、お互いのことを"お前ら、何やっているんだ"と言うことだけはやめようよ」と。

箭内 そうなんです! 本当に意味ないんですよね。




小林 多少の迷惑をかけることもあるけれど、それは仕方のないことでもあってね。だけど、考えや思いを持ってやることをいちいち揚げ足とって批判しているなよ、と思うんだよ。

箭内 そうそう。僕もすごく葛藤しつつも、やるしかないなと思っているので。猪苗代湖ズは毎年、福島でライブもやっているんですよ。今年は、それこそ浜通りや海の近くでやってほしいという声もたくさん来ているんです。

小林 すごいね、それ。

箭内 そのときは電力のことも考えてね。本当は、福島原発の前でライブしたいくらいなんですけれど。

小林 それは相当、喉元にくるね!

箭内 「風評被害をなんとかしてほしい」っていう声も届いていて。意見や情報がたくさんあって、その表側と裏側のどっちをどう見ていけばいいのか、難しいと思いますね。そういうときに、誰か冷静に教えてくれる人が欲しいんです。

小林 僕が後ろ盾になるよ(笑)。これから、長い話になるからね。

箭内 はい、僕も覚悟しました。

小林 東北人としての連携をとって。

箭内 小林さん、東北人だってこと隠してない(笑)?

小林 だから、隠してないよ(笑)! その証拠に、東北人会をやろうか。

箭内 本当ですよ。東北人会、ぜひやりましょう!



feature_yanai_profile.jpg

箭内道彦

クリエイティブディレクター。
1964年、福島県生まれ。博報堂に入社後、2003年に独立し「風とロック」を設立。タワーレコード「NO MUSIC,NO LIFE.」シリーズ、東京メトロのCMなど、話題作を次々に生み出す。また、フリーペーパー『月刊 風とロック』の発行や音楽活動、テレビ番組のMCなど、多彩なジャンルで活躍している。

風とロック
http://www.kazetorock.co.jp/



猪苗代湖ズ:松田晋二(THE BACK HORN)、山口隆(サンボマスター)、渡辺俊美(TOKYO No.1 SOUL SET)、箭内道彦という福島出身の4人からなる福島県人バンド。3/20にチャリティーソング「I love you & I need you ふくしま」を配信リリースした。楽曲の売り上げは、手数料を除く全額が福島県災害対策本部に義援金として寄付される。

ダウンロード
携帯用/TOKYO FMモバイルサイト
http://www.tfm.co.jp/keitai/index.html

PC用/『OTOTOY』
http://ototoy.jp/music/

(撮影・取材・文/編集部)

category【緊急企画「LOVE CHECK/energy - 今だからこそ、のエネルギーのこと-」】の関連記事一覧
BACK
BACK
page up