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小出裕章×山戸孝×小林武史 祝島で語る「今、おきていること。これからのこと」(2)

山口県の南端、瀬戸内海に面した上関町に中国電力(株)が上関原子力発電所を作ることに約30年間、一時も止めることなく反対を唱えてきた祝島の人たち。震災による原発事故以降も、島民の方々は変わらず「反対」の声を挙げ、運動を続け、いまなお闘っている。今回、小出裕章先生とともに訪ね、島民と語り合った。(公開対談日:2011年5月29日)

   
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現在、福島原子力発電所で起きていること。

祝島の反対運動が起きた理由

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小林 ここで、ご当地でもある山戸孝さんに加わっていただいて、祝島のみなさんが抱えていらっしゃる問題について、高齢の方々は闘いの歴史の中で生きているとさえ言っても過言ではない状況で、その歴史がどういうものだったのか伺いたいと思います。孝くん話していただけますか?

山戸 30年の闘いのうち10年しか知らない人間が話すのも、すごい怖いんです(笑)。もし間違っていたらぜひぜひ突っ込んでください(と、会場に向かって言う)。 始まりは、1982年ですね。僕は当時5歳だったので何も知らないんですけれども、中国電力が山口県上関町四代田ノ浦に原子力発電所の建設計画を発表したところからです。ほんとうはその少し前から始まっていたようなんです。聞いた話では、それよりも前から電力会社の人かどうかは知りませんが、「電力教室」みたいなことを祝島でやったり、工作のような下地つくりみたいなことをしようとしていたとか。
小林 ちょっと事前に聞いた話では、福島の一関の人ですか?原発に働きに行っていた人たちが、(福島の原子力発電所の)現場状況の酷さを体験されて、上関町に原発を建てるのはやめたほうがいいという話をしてくださったというのが、ことの始まりとか? 今回の福島の原発事故と今の祝島との状況を思うと、すごい歴史的な符号を感じるエピソードではありますが。

山戸 僕はヒロシマ、ナガサキの原爆体験も根底にあるんだと思います。島にも、原爆が落ちた後に広島市内に入って被ばくした方が生活されています。それに上関町に原発建設の話が持ち上がったときに、原子力発電所で働いて被ばくして被ばく手帳を持っていらっしゃる方たちが、原発というのは名前を知っても中身を知らない僕たちにその内容を話してくださったことは大きいことだったのではないかと思います。 あとやっぱり、漁師さんですね。見てわかる通り島なので海に囲まれています。


漁業と農業とで生きている人たちで、祝島はしかも網漁ではなく、一本釣りの漁師さんが多いんです。釣った魚を市場に売って暮らしを立てていますが、それだけじゃなくて、遊漁もやっています。

小林 ゆうりょう?

山戸 「遊ぶ」に「漁」という字を書いて「遊漁」というんですけれども、お客さんを船に乗せて、釣りをさせてあげる...というようなある種観光サービスのような漁業形態です。でも遊漁のほうが現金収入として占める割合が大きかったりするんです。
来てくれるお客さんが広島の人だったり。もちろん広島の人だけに限らないんですけど、そういう方々が「原発の前で釣りをしたいか」って言ったら、「お金払ってまで誰がしたいか」となるじゃないですか。とくに世界唯一の原爆の体験地である広島の人は、そういう感慨もあると思うんですね。漁師さんはそうしたやりとりを直接されたという話も聞いています。 あとは、やっぱり純粋に穫る魚の魚場ですね。原子力発電所の前にある海で穫れた魚と、そうでない海で穫れた魚が同じかって言われたら、いくら電力会社の人に魚に影響はないと言われたとしても、そんなことは常識的に考えてありえないと思いますよ。
そういったところから、原発に反対するというのが大きな理由ですね。 私も島に帰ってきて、農業と漁業(海藻を穫りますけど)、海と山で喰っていこうと思ったら、「原発はあるよりないほうがマシ」なんていうレベルじゃなくて「あってはいけないもの」と思いました。原子力発電所の安全性以前に、海が汚れるし、穫ったものが正当に評価されなくなってしまう。そうなると生きていけなくなる。自分が生きていくために原発は作らせてはいけないんだと思っています。

お金という力で押し進められる社会

小林 もう周知のことだと思いますが、原発を建てる場所は、つねに過疎というか経済的に貧しいとみなされるような場所だったりしますね。映画『ミツバチの羽音と地球の回転』のワンシーンに中国電力の人が拡声器で「この貧しい島で、これからどうやって暮らしていきますか?」みたいなことを言ったりする場面があります。そういう弱いところにつけ込むという方法というか流れが、社会にはあると思うんですが、祝島の場合、どういうことがあったのか、よければ具体的に教えてください。

山戸 僕は直接知らないので、聞いた話になりますけど、両親が反対運動をやっていて顔や名前が出ると誰だかわかるじゃないですか。それで子どもが勤めている職場に圧力がかかって、いきなり社長に呼び出されて何かと思ったら「おまえの親がやっている(原発反対)運動をやめさせられんか」と言われたとか。 ニュースの報道でも、祝島の反対運動を取り上げるなら島民たちの生き方やその背景にあるものも一緒に取り上げなきゃわかってもらえないことなのに、運動の一部だけを切り取ったような内容であったり。
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しかも「この問題は祝島のことだけで、他のみなさんには関係ありませんよ」的なニュアンス。しかもその報道のCMに「原発は安心ですよ」と流れたり。......ほんとうにあれはお金の力ですよね。 あともうひとつ、選挙で実際にお金が原発推進派に流れる。......よく聞く話かと思うんですけどね。前々回の町長選挙のときに、対抗の人が当選しました。その人の後援会の代表が推進派で、あとあとになって買収で選挙管理違法で逮捕されたという。その投票すら正当であったとは思えないんですけど。
そうやって20年、30年ずっと力やお金で押さえ込まれて世論や評判というのが固まってしまったのが、今の状況なんだとつくづく思います。そういうのがなかなか変わらないのが悔しいですね。

小林 ほんとうに、原発ってお金まみれで。力づくで1回通しちゃえば、前例があるから2号機3号機って作りやすい環境になってしまうと思うんです。そういうのは日本が国として、ほんとうに弱いところですね。
その結果が、地震列島なのに50を越える原発が当たり前に建ってしまった。 もう一度ここで小出先生にお聞きしたいです。小出先生は本来科学者です。科学者は、なんのために科学をやっているのか、根っこの部分がわからないでやっていると思われる言動をとられる方も目立ちます。小出先生は、科学を社会とつなげて話をしてくれていると思いますが、社会の動きと原発という科学について、話していただけないでしょうか。
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小出 学者というとみなさんは清廉潔白、高潔な人間と思われてしまうようですが、そんなことは全然ありません。みんな同じで、金も地位もほしいのです。それを願っている人がほとんどなんですね。ですから、日本全体が金と力で動いているときは、学者も同じようにそこに吸い寄せられます。当たり前にそうなっていく。でも、そんなことでいいとは私には思えなかった。原子力発電は、社会のなかでも貧しくて生きていくのに困難なようなところばかりを狙って、そこに金を落として納得させていくということでここまで来たんだと思います。 去年、鹿児島県の川内市に行きまして、ここで原子力発電所を増設するという議会が開かれて、「やってはいけない」という意見を述べました。そのときその場には「やりたい」という意見もあって、その人たちはただひとつ、原発を建ててもらって地域振興をするという気持ちなのです。ただお金がほしいだけです。それだけなんです。それで一度、金をもらってしまったら後々ずっとその金にすがるしかない。ほとんど麻薬のようなもので、その麻薬(お金)が切れたら、次の麻薬(金)をねだるしかなくなるんです。


小出 要するに今の社会は、「金」がすべての尺度になってしまっていると思います。金と力が全てで、それを使える一部の人たちがブルドーザーのように社会を押し流し動かしてしまう。 私は学者ですから、学者としてしかできないことがあるんですが、先日、衆議院に呼ばれ話をする機会がありました。その最後にガンジーの言葉を伝えました。ガンジーというのはインドの独立を進めた運動家です。彼は7つの社会的な罪があると残しています。その一つは「理念なき政治」----ひたすら金、金で、目先のことでみんなを潰していくということですね。次に「道徳なき商業」----これも金さえあればいいということ。
中国電力も東京電力も道徳がありません。 それから「人間性なき科学」----学者は、専門バカになってしまって、社会のことなどわからずに自分の小さな世界だけにこだわる。それでいてポストや金を狙うという学者ばかりになってしまって腐ってしまったように私には見えます。 私が東北大学の学生だったころに、女川発電所の原子力発電所建設の反対運動に参加していたことがあります。女川は大変豊かな海でした。漁村へビラを持って一件一件配って歩いていたんですけれども、中には賛成の人もいて話さえさせてもらえなかった。でもだんだんと賛成の人とも話をさせてもらえるようになったんですね。
その中で一人の漁師さんが「もう海はだめだ」と言いました。 「仕事が辛い」と。自分の息子には町に出て働いてほしいので、賛成なんだと言っていました。でもむしろ町の方がだめで海というのは豊かなもので、永遠に続くものです。海さえ守っていけば生きていけるもの。そういうものを守るような仕組み、海を守って生活できるような仕組みを政治という場でちゃんと考えていく必要があるんだろうなと思いました。一人ひとりみんなが絡んで政治も産業も科学もあるんでしょう。

小さな地域できちんと生きていくこと

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小林 今回訪ねて、初めてデモ活動を見させてもらいました。もちろん鎌仲監督の映画でも見ましたが、どうしてあそこまですごく強い意志を持てるのか。女性にもかかわらず勇ましくもたくましく映りました。そして素晴らしい団結力だと思いました。孝くんは、こうした女性たちの姿を小さいころから普通に見てきたんでしょう?

山戸 はい。毎週月曜日の夕方6時半から島でデモをやっていて、現時点で1096回なんですよ、凄いですよね?(笑)ギネスに申請しようっていう話もあるんですよ。 今、会場にいる女性たちの力です。でも最初はデモのつもりはなかったんですよね。「『原発、わたしら反対じゃろ。でも島の中には『賛成』と言う人もおるかもしれん。そういう人たちに訴えるためにわたしらは『原発反対』ってやさしく言いよる』と、30とか40人くらいで歩き始めたらしいんですよ。で、島の中を歩きながら「原発反対」って言っていたらしいんですが、島の駐在さんに止められて。


「何しよる」「いやぁ、私ら原発反対って言ってるだけじゃ」「そりゃデモになるけ、ちゃんと申請してもらわんと困る」って言われて。「でもデモってなんじゃ?」って(笑)。それで申請すれば歩けるならと、申請することにしたんです。けども当時、警察側も申請手続きがいろいろと不慣れで、さらに細かくて。申請書類を出すだけで1日かかったそうなんですよ。みんな畑や漁の仕事を一日潰してやっていたと。今でこそ申請もスムースにできますが、最初のころを思うと始めたときの「やろう」というエネルギーはすごいと思うんです。お世辞じゃなく、かっこいいなって思います。

小林 一人ひとりにこの世界に対する責任があると僕は考えるので、人のせいにしていてもしょうがないだろうと。
「人のせいにするのはかっこわるい」と公言して、行動しようと意識してこれまでやってきたのですけれど、この場にいらっしゃる島の人たちは、ほんとうに人のせいにしない......できなかったとも思いますが、頭が下がる思いです。デモという行動を続けられてきたからこそで、このデモは、いまだに上関町に原発を作らせていない抵抗の証だと思います。 僕は正直言うと、闘うということがどういうことなんだろうか、果たしてどんな効果があるのだろうかと少し懐疑的に思っていたところがありました。批判したり攻撃したりすることが、また別の攻撃を生むのではないかと思っていたんですよね。でも、批判のための行動ではなく、自分たちが足をつけているかどうかの確認、検証として、ずっと続けていけば市民社会というなかでのデモンストレーションという活動は、ほんとうに意味のある必要なことなんだと思いました。
山戸 デモの話でいうなら、祝島の人がずっとやってきたことが、やっと周りに理解されつつあります。その中で原発推進派の人たちは代替案を出してくるんですけど、「反対」というのは、原発を建てるのを「反対」なんですね。それは、お金がどうのとかエネルギーがどうのっていうレベルではなくて、生きていくうえで命をおびやかすものの存在を拒否する、嫌だということなんです。

小林 ほんとうだよね。

山戸 福島の原発事故を他人事として見るのではなくて、これだけ日本に原発があるということは自分の身に降りかかることと想像力を持って、原発のことを見てほしいです。 上関原発の場合、祝島からすれば、ほんとうに目の前に建ってしまう。


毎朝、朝日がのぼってくる場所に原発ができると...と思うから反対なんですけど、推進派の中には田ノ浦だからいいよ、でも自分の目の前に建つなら反対するという声も聞いたりします。 でも原発事故を見ると目の前とか関係ない、背中だろうが正面だろうが被害は一緒なんだとわかる。 そのうえで、生きていくうえで何が必要なのかを考えたときに、自然エネルギー。自然エネルギーは原発の代替案というのではなくて、地域が自立していくために必要なものと感じます。 僕が祝島にいて安心なのは、食べ物がおいしいということと餓える心配がないということです。海や山でがんばって働ければ、少なくとも餓える心配はないんですよ。同時にエネルギーも自分たちができる範囲で自給できると、おそらく小さな地域がきちんと生きていくことにつながるんだろうと思います。自立して生きていく方法論は、都市部には都市部であるんだと思います。国や電力会社みたいな大きな権力と闘ってきて、苦しいんですよね、やっぱり。デモをはじめ議会や県庁へ行って、そのたびに何百人という人が自分の仕事の手を止めて休んで抗議にいくのは容易いことではない。
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この続けていくエネルギーをなんとか原発のない未来につなげたいですね。 将来「あの(反対運動の)おかげで、(原発が建たなかった)今があるね」ということの礫になればと望みます。

小林 経済大国とかGNPが2位から転落とか......日本が世界に示すような経済的な役割というのは、とっくに終わっているんですよね。
たくさん作って売って、使って捨ててということをするために必要なエネルギーが原子力発電ならば、それはもう必要なくなる。必要なものを要る分だけ作って、必要な分だけ使うという循環。そのために切磋琢磨していい物を作る、そういう社会にいよいよなっていかないとと思う。それに、世界がどうであれ日本から原発を止めようよと言いたい。小出先生は今すぐやめようと言っていますが、僕はそこまで言うにはもうちょっと勉強が必要なんですけどね。
日本が先駆けて言えるように。 そう思うと30年前から「原発はいらない」と言い続けてきたこの祝島は、特別な場所なのかもしれないなと思っています。初めて来てこんなことを言うのは僭越ですが、今回こうしてやりとりさせてもらって、この島が世界中の「脱原発」の中心地になるようなイメージを僕個人としては持ちました。なので、今後ともよろしくお願いいたします。
   
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小出裕章

京都大学原子炉実験所助教

1949年生まれ。東北大学原子核工学科 卒、同大学院修了。74年から京都大学原子炉実験所助教を務める。原子力工学者として研究していく過程で、原子力発電反対の立場となる。以来、原子力をや めることに役立つ研究を続け、著書、講演を通じて反原発を主張している。著書に『放射能汚染の現実を超えて』(河出書房新社)『隠される原子力・核の真実 原子力の専門家が原発に反対するわけ』(創史社)、共著に『原子力と共存できるか』(かもがわ出版)ほか。福島原発事故後、初の書き下ろし『原発のウソ』(扶桑社)が、今月発売されたばかり。

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山戸孝

1976年生まれ。祝島生まれ。
上関原発建設反対運動のリーダー格である実父、山戸貞夫氏とともに、「祝島島民の会」を支える中心メンバー。本文中にもあるように、映画『ミツバチの羽音と地球の回転』(鎌仲ひとみ監督)に出演。びわの栽培を行いながら、ヒジキなど海産物の加工、販売などを手掛けている。二児の父。
祝島島民の会 http://blog.shimabito.net/



(撮影/編集部、文/井上晶子)


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