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いとうせいこう×小林武史 「今こそ、娯楽の意味が問われている」 (2)

エンターテインメントというフィールドの第一線で活躍する一方、社会的な発言や活動をおこなっている、いとうせいこうさんと小林武史が初めて顔を合わせた。社会構造の根本が覆されないことにただ絶望するのではなく、希望を見出すこと。そのための突破口として、今こそユーモアの必要性を問う。(対談日:2012年1月23日)

   
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絶望を希望に変えることはユーモアだ

政治に影響力を持つネットワークづくりを

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小林 中沢新一さんといとうさんで、緑の党のような政治団体を作ろうという話をしていると伺いました。その辺りのことは、ある程度話されても大丈夫でしょうか?

いとう まだまだ構想の打ち合わせをしている段階なので、実際に中沢さんがどのように動いていくのかということは流動的な部分もあるのですが......。ただ、僕が捉えているところでは、エネルギーシフトや第一次産業のことなどを考える色々な団体をネットワークしていくような呼びかけを我々でしていこう、というものです。これまでそういうネットワークは結局、文化人の集まりのようなものになって終わってしまっていたけれど、その中に緑の党のような政治団体なども入ってくる。そうやって、実効的に政治に関わってくる人もいるのが、今までの文化人ネットワークとは特に違うところだ、と中沢さんが言っていて。僕も、それはキワキワながら面白いな、と思っています。

小林 キワキワというのは?




いとう それは、ひとつの政党に収束してしまう可能性を常にもっているわけじゃないですか。でも僕は、それを超えてほかの既成政党にも圧力をかけられるような盛り上がりをつくりたいわけです。ただ、それをつくるにはひとつの実効的なエンジンを持たないといけない、と中沢さんは考えていて。例えば「総選挙のときはどうするの?」とか「応援演説はどうなっていくの?」というようなことになっていくじゃないですか。今、応援演説をしてひとつの小政党で一人受かるか受からないか、ということをやるよりは既成政党に圧力をかけていくほうが、よほど僕は良いと思っているから。そこは常に議論をしていかなくてはならない。そういう意味で、キワキワなんですね。でも、それがなかったら単に意見を言っているだけで、政治家たちが「そっちはそっちでやっていてくださいよ」と言って好き勝手やってしまうというのも確かなんですね。

小林 中沢さんがそう言いだしているのは、それを持たないと実効性が薄いから、ということがメインなんですか?

いとう そこもある、という感じですね。 多分、実際問題として世の中に影響を与えなければならない場合、政治に関与せざるを得ない、という思い切りがあったと思うんですね。

小林 僕も、随分前からそういうことを考えていました。ap bankをつくってしばらくしたときに、それこそ緑の党のようなものをつくることが必要かもしれないよね、という話をしていたんですよ。でも僕自身が政治に向かう時間をかけたくないのはとても単純な話で、日本の勝ち馬に乗っていくというやり方が、すごく時間の浪費になるからなんです。だから、自分の役割としてはもう少し別のところでやるべきだと決めているけれど。どういう流れからであっても、細分化していることを繋いでいくべきですよね。わかりやすくいえば、この国を民主化していこう、そのために小異を超えて繋がっていこうと思わないと。なんだかんだで、がんばってもまた自分の定義の中に入っていってしまって、ということで格好つけている場合ではない。悦に入っているべきではないよ、何もやっていないじゃないか日本人、と。

いとう 本当にその通りです。繋がらないと力にならないですからね。

小林 せいこうさんが中沢さんと中心になって繋いでいく役割をされるのならば、僕はそれに乗りたいし。

いとう 嬉しいですね。僕も小林さんと同じで、「じゃぁ自分が政治に......」という気はまったくないんです。中沢さんにもこの間「いとうくんは、政党の方をやらなくてもいいよ」と言われたんですけれど(笑)。

小林 そうなんですか(笑)。

いとう 日本でロビー活動(特定の主張をもった個人や団体などが、政府の政策に影響を及ぼすことを目的としておこなう私的な政治活動)をしているのは、利権団体だけだと思うんです。そうではなくて、アメリカにおけるロビイストみたいなものをどれだけ我々がNPOなどと組みながら作っていけるか、ということが日本を変えていくのではないか。つまり、どうすれば議員や国政に影響を与えるのか、という部分をロビイングしていくことが重要だと思うんですね。このロビイングが、議員に対してまったく働きかけをおこなわない段階だけでやっていると、それは単に文化活動で終わってしまう。有能なロビイストがいないから、若い人たちも「結局自分たちが何を言っても、政治には関係ないんだ」ということになってしまうじゃないですか。もちろん選挙は大事な民主主義の一貫ですが、それだけではなく、議員に圧迫を与えていくことも実は私たちの仕事なんですね。




それは、圧迫といっても影響を与えていくこと。僕らはまず、そういう団体をつくるべきなんではないかと思うんです。 中沢さんたちのミーティングに出ていたときに、ある非常に政治に詳しい方が「二大政党制と言っているけれど、官僚党Aと官僚党Bだ。そこに政治をきちんと根付かせるために、第三の軸をつくらなくてはいけない」と言っていて。僕はそのときに、それ以外にロビイングということがあるな、と考えていました。我々がもしできるとすれば、例えば署名を一気に集めて送りつけるのでもいいし、デモもすごく大事だと思うし。なぜならば、それらは意見を可視化しているから。可視化できないから人の考えが分からなくて、自分が言ったらどう思われるか分からない、という気持ちにみんながなってしまう。けれど、デモってすごく簡単で歩いている人を見たら「この人たちは反対しているんだ」ということがわかるじゃないですか。つまり、意見をビジュアライズしているんですよね。あれは街に集めているということだから、ライブでドームとかにお客さんを集めているのとそんなに変わらないと思うんです。そうすると、私たちができることは、まだたくさんあると思います。

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リズムや歌が、人間に希望を与えてきた

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小林 先ほどせいこうさんはラップについてお話されましたけれど、60年代や70年代くらいのフォークみたいな精神というか、言葉とあまり距離をあけない音楽の要素も必要なのかもしれないと思うし。そういう思想みたいなものがうまく起動装置になってね、それでエンターテインメントの力で。

いとう そうです。その感覚が必要なんですよね。

小林 つまらないところで澱まないようにする流れを一緒に作りたいですね。音楽でも何かやりましょう。

いとう 面白そう。やりましょう。昔、中国で天安門事件があったときにも流行った歌があったんですね。多分、この間のエジプトでも人々が歌っている歌があっただろうし、ニューヨークでも自然とテーマソングになってしまったものがあると思うんですよ。「人はなぜ、変化を求めるときに歌を歌うのか」ということは人類の発生みたいな問題で。




今、日本にもそういうものが必要だと思うんですね。全共闘のときにもいくつかの歌がありましたけれど、今のデモ隊が晴れやかな顔で歌って歩ける歌やリズムがきっと必要なんだと。「原発反対」いう掛け声を誰かが繰り返す、というのは、言ってみればコール・アンド・レスポンスじゃないですか。最近、デモ論の本も出始めているんですけれど、その音楽的な部分をあまりみんな言わないんです。なぜ、人は歩くとリズムを必要とするのか。リズムがあるとなぜ、その人たちがどんなに絶望的な状況であっても希望を感じるのか。もちろん、ゴリゴリに真面目なやり方でもいいんだけれど、その人たちが世の中を変えていこうと思うに足る娯楽のシステムはあっていいと思うんですね。

小林 僕はこれまで「エンターテインメント」という言葉を用いて「娯楽」という言葉を使って来なかったので、せいこうさんが潔く娯楽と言うのを興味深く聴いていました。

せいこうさんは、今が社会の相当大きな転換期だと思ってらっしゃいますか? ぶっちゃけて言えば、昔からずっと「今だけよければいいじゃん」という人と「この先のことまで考えたいのよ」という人とのせめぎあいが続いているとも思うんです。僕だって、日々の中で楽しみを味わいたいし、それがあってこそ生きることに繋がっているとも思うんですが。インドのサーカーという人が唱える「プラウト主義」は、資本主義にもう少しスピリチュアルなことが入ってきて、所得もある程度上限のようなものを決めて、というものなんですが、僕はこれに同意できるところもあるんです。もちろん主幹産業というか、命に関わるものは循環していくべきだと思っていますし、世界はだんだん経済的にはフラットになっていくことを望んでいます。これは中沢さんなどからの影響もあると思いますが、大航海時代の更にもっと先から、特に白人に世界の主導権が渡って以降、ずっと資本主義が続いてきていると思うけれども、これからアジアの時代、アフリカの時代というのがやってきて。

そこに資本主義がまだまだ活路を見出そうとするだろうけれど、そういう話ではないんじゃないの、という気がするんです。今、お金という意味においてすごく行き詰ってきていますが、その先にはどのような社会をイメージしますか?

いとう つまり、どうやって分散的に権限を設けて、自治制のある社会を作っていくのか。また、日本はここから高度経済成長期が起こるはずもなく、ダウンサイジングするしかないわけです。そのときに、バリューの意味がマネーだけになってしまった人たちというのは、どうしたらいいのか分からなくてダウンサイジングのブレーキがかからない。そのときに、何が社会を変えるかというと、「この人はすごく幸せそうに生きていて楽しそうだ」という魅力的なモデルケースだと思うんですね。

小林 そうだね! それでいいんだ(笑)。




いとう 自然エネルギーだけでやっていける村ができて、地方新聞がその村のことをすごく褒める。こういうことがすごく大事じゃないですか。そして、そのことをどうやって更に魅力的に人々に語っていくか、というのが我々のやるべき仕事。「僕も参加しよう、そういう生き方にしたい」と思ったときに、その人は一気にマネー以外のバリューを手に入れるわけだから。それもやっぱりエンターテインメントだと思うんですね。なぜ、日本の政治家がこんなに影響力を失ったかといったら、僕はスピーチの力が落ちたと思っているんですね。演説の力がすごかった人たちは、人々に夢も見させてしまっただろうし、社会も引っ張ってしまった。スピーチをしないで、ずっと官僚的に法律のつじつま合わせばかりをしている政治家になってしまったら、政治に夢はないですよ。そういう意味では、技術と天性のものを持った語りべ、歌い手、作り手が、どういう幸せを過剰に素晴らしいと思わせてしまうくらいに引き出すのか。それには、娯楽のプロデューサーの仕事が必要になってくると思います。つまり、それは小林さんの仕事ですね(笑)。

小林 一緒にやりましょう。僕らにはそんなに莫大な時間が残っているわけではないですもんね。

いとう まさにそうなんです!

小林 「やったぜ!」ということは、ほぼ無理だろうと思うけれど......。

いとう うん。でも、ユーモアでね(笑)。

小林 そうですよね(笑)。

いとう 「できるんじゃないの?」って言わないとね。それが人を明るくすることができるので。本を書いているときには永遠みたいな感じがするんですけれど、パフォーマンスは消えものだから、その瞬間に観ていた人しか分からないものがある。その消えてしまう切ない感じがあるからこそ、いいパフォーマンスを残したいですね。僕は死ぬまでに、本当に世の中が動くところを見てみたい。それは最高のショーになると思いますよ。

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いとうせいこう

1961年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒業。編集者を経て、作家・クリエイターとして活字、映像、舞台、音楽など幅広いジャンルで表現活動をおこなっている。著書には『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞、新潮文庫)、『見仏記』(みうらじゅんとの共著、角川文庫)、『プランツ・ウォーク』(柳生真吾との共著、講談社)がある。また、「シルシルミシルさんデー」(テレビ朝日)、「オトナの!」(TBS)、「ビットワールド」(NHK教育)などテレビのレギュラー出演も多数。下町の魅力をコメディ映画を通じて味わうことを目的としたイベント、「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務めている。
http://www.cubeinc.co.jp/ito/
https://twitter.com/seikoito



(撮影・取材・文/編集部)


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