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菊地凛子

no

10

小林武史 × 菊地凛子

その唯一無二の存在感で日本のみならず世界で注目されている国際派女優・菊地凛子さん。小林武史が作品から読み取る「日本」と、菊地凛子が演じることで感じる「日本」。二人の会話から浮かび上がる"いまの世の中"とは?

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第1回 役者って臆病なんだと思う

 
菊地 
はじめまして......ではなくて一度お会いしてるんですよね。
小林 
そうなんだよね。MTVのアワードで。
菊地 
あのときは私がおふたり(小林武史と櫻井和寿)をご紹介する場面なのに、トチっちゃって。
小林 
あれ、トチったっけ? 「小林和寿」とか?
菊地 
さすがに名前ではないですけど(笑)、ご紹介すべき内容をふたつくらい飛ばしちゃった。

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―― 
そのときの映像ありますけどご覧になります?
菊地 
そんなにほじくることないじゃないですか!(笑)
小林 
そうだったんだ。ぜんぜん記憶にないなあ。
菊地 
私がボノ(U2)を紹介してから小林さんたちを紹介したんです。しかも、私が最後に〆めなきゃいけないのに〆めなかった。
小林 
そうだったんだ? どうにも投げっぱなしな状況だった印象はあったけど、原因は菊地凛子だったのか(笑)。でも、あの日はボノから功労賞をもらったのも嬉しいことだったけど、ひとりの映画好きとしては菊地凛子という女優に会えたこともなかなか印象的な出来事でしたよ。
菊地 
音楽の祭典なのに、ぜんぜん関係ない私がバックステージで小林さんのインタビューに答えてるっていう(笑)。「そうですね~、あれは~」なんて。
小林 
立ち話させてもらってね。でも、あのときはずいぶんおとなしいイメージだったけど。
菊地 
だってすごい緊張してましたもん! あんな高名な人たちがいるところなんて行ったことがなかったですから。
小林 
ヒールも高いの履いていたからすごく大きい女性だなと思ったんだけど、じつはそんな大きくない?
菊地 
そうですね。169㎝です。
小林 
逆にボノはすごく小さいんだよね。
菊地 
ボノって思っていたよりも若々しくてびっくりしました。すごいナイスな人でしたし。
小林 
どのへんがナイスだったの?
菊地 
「これから夜遊びにいくけどいっしょに行かねぇ?」みたいな感じで。
小林 
あ~、それ僕も誘われた。
菊地 
行ったんですか?
小林 
行かなかった。
菊地 
私も。いや~、もうここから英語も疲れるな~、みたいな。
小林 
携帯の番号まで教えてもらったのに悪いことしたかなとも思ったけど。
菊地 
私も教えてもらった!
小林 
なーんだ、みんなに教えてたのか(笑)。

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「私は、プレッシャーがあるのが好きなのかも」


小林 
個人的に『バベル』はホントに好きな映画なんですよ。殻の破り方というか......作中で描かれている日本への目線もすばらしいし。
菊地 
嬉しいです。
小林 
映画を観たときすでにアカデミー賞云々って情報も入ってきていたので、ずっと「菊地凛子」っていったいどういう人なんだろうなって思ってた。
菊地 
会ってみると意外と普通でした?(笑)
小林 
いやいやいや(笑)。こういう人が日本から出てきてよかったと思ったよ。
菊地 
ありがとうございます。
小林 
でも、今日話した感じのほうが実際の菊地凛子なんだろうなって思うけど。こないだのMTVのときは正直......怖い人なんじゃないかと思ったくらいだから。
菊地 
あはは。あんなトコ、なにかしら虚勢はらないと立てないですよー。「(衣裳が)イヴ・サンローラン!」だとか、そういう武器がないと無理。私ほんとにビビリですから。"役者"って、みんな基本臆病だと思いますよ。
小林 
そもそも役者になろうと思ったきっかけはなんだったの?
菊地 
たまたま若いころにスカウトされて、映画も好きだったからやってみようかなんて最初は軽いノリでしたね。
小林 
それが『バベル』でセンセーショナルな話題になって、どんな気分でした?
菊地 
もう元が臆病だから映画祭なんかは「なんかノコノコ(賞を)もらいに来ちゃってホントにすみません」って感じでしたけど(笑)。状況としては非常に"ラッキー"だと思ってました。当時、映画のオーディション募集があるのがだいたい25歳までだったんですね。だから25までに代表作がないとやばいかなとは思ってたんですよ。日本の女優さんってみんな若いときから出てるし、伊藤歩ちゃん(『スワロウテイル』、『リリィ・シュシュのすべて』、『BANDAGE』等。菊地さんとは同じ所属事務所)なんかも、若いときから映画女優!っていうのが普通だったから、私も25までなのかなぁ、なんて。

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小林 
anore(所属事務所)には若い頃からいたの?
菊地 
20歳からです。でも25歳で『バベル』があって、ぜんぶそこからですよ。これが最初で最後なんじゃないかって、その当時はすごいプレッシャーでした。
小林 
でもあれは17、18歳の女の子がぽーんと出たというのとは違う、ある種の量感とか重さを持ってたし、だからこそのかっこよさって感じだった。
菊地 
嬉しいです。あのとき、オーディションはオーディションで周りは実際に耳の聞こえない子たちばかりだったんですよ(『バベル』では聴力障害の役柄で出演)。監督からも「健常者じゃ無理だろう」って感じで言われたり。そうやって1年近くかけて選ぶんですよ。
小林 
それはすごいプレッシャーだね。
菊地 
でも今思うと監督はその段階から確信犯的に私を追い込んでたんですよね。あとでそう気付いて、それはもうすごいなと思いました。メキシコの情熱的な人なんですけど。それだけの人だからあの作品が作れるんだと思います。
小林 
そういうタイプの監督って多い?
菊地 
海外の監督は基本的に追い込んでいく人が多いのかもしれないですね。『バベル』の後に出た作品もとても厳しい監督でしたし、『ノルウェイの森』(2010年12月公開予定)の監督もそうでした。でも、きっと私ってプレッシャーがあるのが好きなんだと思うんです。『ノルウェイの森』のときは、他の人にはそうでもないのに自分にだけすごく厳しかったんですよ。だから、監督に「そういうふうにしないとダメな女優だ」って読まれてたからそうなったのかと(笑)。
小林 
あはは。
菊地 
昔は厳しきゃ厳しいほどいいってぐらいに思ってましたからね。すごく厳しく自分を追い込んでいく人のほうが成長するんじゃないかと。でも、そうなってくるとなんだか厳しさに酔っている感じもしてきたというか。それってじつはある意味では楽ですし。だからもうちょっと自分の楽しさを見つけながら役をやっていかなきゃなって。最近ようやく楽しくなってきましたね。
小林 
すばらしいことだね。
(撮影/大城亘 スタイリスト/梶雄太 ヘアメイク/宮田靖士(VaSO) 構成/編集部)


【衣装協力】ブラウス:ジャーナル スタンダード レサージュ 銀座店(中央区銀座2-2-14銀座マロニエゲート1F、03-5524-2200)、デニムパンツ:トーガ・アーカイブス(渋谷区恵比寿2ー6ー25上田ビル1F、03-5475-7031)
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菊地凛子プロフィール

1981年生まれ、神奈川県出身。
1999年に進藤兼人監督の「生きたい」でスクリーンデビュー。その後、2007年には「BABEL」に て第79回米アカデミー賞、第64回ゴールデングローブ賞などに助演女優賞としてノミネートされるほか、同作品にて第16回米ゴッサム賞、米ナショナル・ ボード・オブ・レビューの新人女優賞と米ムービーラインのブレークスルー賞などを受賞する。
2010年9月より『ナイト・トーキョー・デイ』の日本公開、12月には『ノルウェイの森』のロードショーも決まっている。

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